簡単なことが簡単でない理由

自由創造人のSHOW GO! です。

今日の大阪は曇り、時々、雨で比較的過ごしやすいです。

 

 

もちのろん、クーラーが必要なのですが、用意したクーラーの規格が大きすぎるという大問題が設置直前になって発覚して、設置する専門の方々も、「これ、マンションが伝えてないとダメですね。 18畳対応以下のクーラーでないと、配管が曲がらなくて設置できないんです。」   あと2週間くらいは工事、埋まってると思います」 って、汗だくになりながら、ありえねーな。。。って顔で伝えられたので、昼間は35度を超えてる環境で、あと数週間は我慢です。   やだw 汗かきすぎて痩せちゃう。

 

   

簡易の設置型クーラーを購入したのですが、色々考えて、これにしようと思って買ったのですが、説明書の片隅に「この製品は部屋の温度を下げることはできません」って。 じゃぁ、それなんやねんっていう。   水で気過熱を利用して、冷たい雰囲気の風が出るっていうナイスな商品で、クーラー効いてるつもりになっております。  暑い空気をかき混ぜてるだけw

 

 

 

 

無理矢理ですけど、やはり環境って大事だなと。

 

 

景色も部屋も内装も良いのに、たった一つだけ、情報(伝達)不足、従って、こちらの情報取得不足で、たった一つの要因、空気が熱いってだけで、生活できるかどうかのレベルで快適では無いんですよね。。。。。

 

 

っていうか、そのたった一つの不快要因が、空気っていう。。。    たった一つの空気という要素が不快なだけで、全体が不快になってしまう。。。

 

 

 

またまた引いて考えてしまうと、人から見れば、「ここなのにな。。。惜しいぃ。。。」って要素が色々な人にありますよね。   「その言葉が出てくる要因の一つが、あなたの人生の質を、というか、快適にさせて無いよね。。。。」ってのが往々にしてあるでやんす。

 

 

 

やっぱりマインドですよね。

 

    

この文章を読んだとしても、想像をする事なく、ただの知ってるか知ってないかの人が長々と文章を書いてるんだなって気持ちで、斜め読みされる人と、「ほ〜〜、、、 言葉が出てくる要因の一つが、あなたの人生を快適にさせてない。。。。かぁ!!  それ、私の場合なんだろ?」  って想像されながら読む人とでは、結果は全然全然全然、違うわけです。

 

 

たった一つの差異です。 

 

 

想像しながら人の意見を取り入れ、読むのか。

 

 

想像もしないで、人の意見を取り入れるわけでもなく、字面を眺めて、(消化したつもりで)過去のモノにするのか。  

 

 

たった一つの文章、(拙いかどうかは置いといて)を想像しながら取り入れる人と、取り入れない人の成長の差って想像できますか? w  あ、  想像しないから、差異すらわからんのですがw

 

 

想像力ってのも、どこからくるのか、、、なんか考えてみましょー。    (答え出んのかな。。w)

 

 

 

 

あ、 でた。  (答えすぐ出た)

    

現状把握能力からでしょ。      

 

街を歩いていても、セミナーを聞いていても、周りの人を見ても、自分は今、どこで、何を考え、周りの人が取得している情報以上の情報を取得できるかどうかで、「想像すること」って出来始めませんか?

 

 

ですね。   

なんというか・・・・レールに轢かれた考え方しか取り入れていない良く言うと、当たり障りのない情報の取り方をしていると、人との差異って生まれないじゃないですか。 

 

 

なんだろ。  現状把握をしっかりする人って、情報をもらっても、「う? それ、スマコン関係ないよね。」 って理解することができるじゃないですか。 でも、情報を把握していない人って、「そうなんだ? わからんけど、誰々が言うなら間違いない」ってことになるでしょ?

 

 

それじゃ、人との差異は生まれんずら。

 

 

うん     想像しながら、インプットをする。    

すると、アウトプットしやすくなる。 

 

 

 

アウトプット前提で、インプットする事の大切さを「想像」出来ないようでは、インプットするだけで、そのインプットも表面上だけの「一般的な差異を検証しない普通のモノ」になるんですよ。 

 

 

 

👆が出来てくると、アウトプットの大事さがわかるので、何が向上するかというと、

 

 

「質問力」が向上してきます。  

 

 

ここまで行くのを想像して生活している人なら、すぐに行けるんですけど、元の生活を送る上で、「想像力」もなしに生活していると、、、何を私が言っているのかもわからないとも思います。 

 

 

 

じゃ、その想像力を育てるには?      

 

 

「描くしかない」   

 

 

文章を書くしかないと思います。 

 

 

 

 

メンバーのAさん、まぁ伊藤A子さんの文章、だいぶ、心地よいでしょ?  I藤あっこさんとも言いますけど、👆の〜〜〜がどーたらでとか説明せずに、

 

 

S「ブログ書いてみ」

A「何を書くんですか?」

S「知らん。 ええから書いてみ」 

A「あい」

 

 

 

A「何を書いていいかわからんす」

S「それを描け。  どうせ誰も読んでない」

A「あい」

 

 

 

で、その延長で、

 

 

全員、描けば分かる(ようになる)さ😊

これ、本当です♥

https://wp.me/peI71H-12R

 

 

 

 

こういうアウトプットが出来るようになるんです。 

仰る通り。

 

 

 

筆者が何を伝えたいのか、想像しながら読むには、本人も文章を書く必要、うーーん文章を描ければ、文章を読めるとも思います。

 

  

文章を書いている人って、こういう表現をするのか〜であるとか、考えながら、吸収できるんですよね。 なぜかというと、アウトプットするから。

 

 

 

👆    この原理原則をお伝えし続けていますが、読まれたとて、書く人は少ないです。

 

 

 

少ない理由、わかりますよね?  

 

 

 

   

想像してくださいw      理由、わかりますよ☺️ 

  

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